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大阪地方裁判所 昭和58年(レ)105号 判決

控訴人

日本火災海上保険株式会社

右代表者

川崎七三郎

右訴訟代理人

水野武夫

飯村佳夫

田原睦夫

栗原良扶

尾崎雅俊

被控訴人

第一商会石橋秀介こと石橋道夫

右訴訟代理人

竹田実

塩川吉孝

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1ないし3及び6の各事実並びに同4の事実のうち被控訴人が控訴人に対し昭和五七年一〇月一日到達の書面により本件保険契約を解約する旨の意思表示をしたこと及び右解約が有効であれば細谷は控訴人に対し八八万七六一八円の解約返戻金支払請求権を取得することは、いずれも当事者間に争いがない。

二ところで、本件の争点は、被控訴人がその差し押えた解約返戻金支払請求権の取立てのため解約権を行使して本件保険契約を解約することができるか否かにある。

そこで検討するに、本件保険契約においては、前記のとおり、保険契約者はいつでも保険契約を解約することができ、その場合には控訴人は保険契約者に対し解約返戻金を支払うものとされているところ、〈証拠〉によれば、右解約返戻金の額は保険約款の定めるところにより計算されることになつていることが認められる。

解約返戻金支払請求権は、このように一定額の金銭の給付を目的とする財産的権利であり、しかも、民事執行法一五二条の差押禁止債権ともされていない。したがつて、それが、保険契約の解約によつて具体的な権利として存在するに至つた場合に差押えが許されることはいうまでもないが、保険契約の解約前においても、解約を条件とする条件付権利として存在し、その内容もその時々において特定しうるものであるから、その差押えもまた許されるものというべきである。

そして、金銭の支払を目的とする債権を差し押えた債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から一週間を経過したときは、その差し押えた債権について取立権を取得し、右債権の取立てのため、債務者の有する権利を、右取立ての目的の範囲内において、かつ、右権利の性質に反しない限りにおいて、行使することができるのであるから、債権者が生命保険契約解約前の解約返戻金支払請求権を差し押えこれについて取立権を取得したときは、この解約返戻金支払請求権を具体化せしめて取り立てるため解約権を行使して生命保険契約を解約することができるものと解すべきである。

これに対し、控訴人は、生命保険契約を解約するか否かは保険契約者の自由意思に委ねられるべきであり、しかも、本件保険契約は、保険契約者のほかにその配偶者、同居の親族等をも被保険者とするものであつて、本件保険契約が解約されるとこれらの者の利害にも重大な影響を与えるから、本件保険契約の解約権を差押債権者である被控訴人が行使することは許されない旨主張する。確かに、生命保険制度は、将来の保険事故の発生による生活の経済的不安定に対処し、その不安定の除去、軽減のための備蓄をするという趣旨を含んでいることは否定することができず、したがつて、保険契約の存続についての保険契約者及びその被養者の利益を尊重することを要することはいうまでもないが、生命保険制度は、同時に、保険契約者の資産の運用のため利用される場合も多いのであり、また、生命保険契約により保険契約者や保険金受取人が取得する権利についてはその債権者の側において債権の担保として重大な利害を有するものであるから、生命保険制度を専ら保険契約者及びその被養者の保護の面からのみ考えるのは相当でない。そして、生命保険契約を解約した場合の解約返戻金支払請求権は、前示のとおり、財産的価値を有し、現行法上差押禁止債権ともされていないのであるから、その差押えは許されるものと解すべきである。そして、解約返戻金支払請求権の差押えが許される以上、これを取り立てるため差押債権者において解約権を行使することも許されるものと解するのが相当である。けだし、解約権は保険契約者の自由意思によりいつでも行使することができるものであり、しかも、その自由意思は身分法上のそれのように一身専属的なものとして格別に尊重することを要するものとも認められず、また、解約返戻金支払請求権の差押えが許されるとしておきながら、解約権の行使は許されず、保険契約者が後に解約権を行使するまで解約返戻金支払請求権の取立てを待つべきであるとすることは、結局、解約返戻金支払請求権の差押えを許した趣旨をほとんど無にするものだからである。もつとも、控訴人は、この点につき、差押債権者は、民事執行法一六一条に基づき差し押えた解約返戻金支払請求権につき譲渡命令を得た上、自らの権利として解約権を行使することができると主張するもののようであるが、仮にそのような方法があるとしても、差押債権者が前示の方法により解約権を行使するが許されないとする理由とはなりえない。

以上のとおりであるから、解約返戻金支払請求権を差し押えた債権者は、その取立てのため生命保険契約の解約権を行使することができるものと解すべきである。

そうすると、本件保険契約は、被控訴人の前記解約権の行使により有効に解約されたものというべきである。〈以下、省略〉

(石井健吾 平澤雄二 森一岳)

目録〈省略〉

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